1990年代

牧民の家=ゲル(スフバートル県オールバヤン郡)
牧民の家=ゲル(スフバートル県オールバヤン郡)

1997年夏の印象――モンゴル東部へ2000㌔の旅(4)

地方の暮らし


    モンゴルの都市と農村の格差は、「社会主義」時代も大きかった。それでも郡の中心地には学校、医療機関、公衆浴場、ホテル、商店などが不十分ながらも完備されており、さすがだと感心した。商店には小麦粉、日用品など必需品に加え、書籍も結構あり掘り出し物を見つけたこともある。

 あれから約10年、都市と農村の格差はますます広がっているようだ。スフバートル県の中心地バローンオルトで停電がほとんど常態化していたことだけでも、経済・社会活動の状況が想像つく。製粉工場などの操業は止まっていたようだが、郵便局、病院、10年制学校、博物館、2軒のホテルなどはうまく機能していたのだろうか。

 公務員をはじめ賃金労働者は給料だけでは生活が苦しい。だが、地方ではウランバートルの人々のように簡単に「商売」ができる条件はない。

 作家S・エルデネ氏が旅の手記<アルディンエルフ 1997.9.24 №219>に、バローンオルトの教員らから窮乏を訴えられたと書いている。

 エルデネ氏は牧民の貧富の差にも触れている。所有家畜700~800頭以上の富裕層は車やトラクターを持つことができる。200~500頭の中間層は車はなくとも、まあまあの暮らし。問題は200頭未満の貧困層で、穀物や生活用品を買う現金もない。貧しい牧民に対して、協同組合(ネグデル)時代のような賃金支払い、政府の家畜買入れ価格の引き上げ、免税措置などを実施してはどうか、と提案している。

 市場経済に移行しているとはいえ、自立した経営を育てるには行政の支援が欠かせない。近年、「アルディンエルフ」紙上などでも農業問題に関して、学者や政治家などからのさまざまな提言が掲載されている。市場経済のなかで独立自営農牧民(ファーマー)や、地域の自立性をいかに育て、地方の人々の暮らしを向上させるかが焦点になっていて、具体的ないい提言もある。

 いくら国際援助を進めても、国内の農牧業政策がしっかりしていないと、地方の貧富の差、荒廃はますますひどくなるだろう。

 それでも、モンゴルには強固な相互扶助の伝統がある。

 ナムジム先生のお兄さん宅はバローンオルトから7㎞北のオールバヤン郡にある。お兄さんは優秀牧民に表彰されたこともあるそうだが、今は老夫婦で牛、馬各20頭ぐらいで手いっぱいだ。孫たちがいろいろ手伝っているようだし、羊はよその家族にみてもらっている。長男一家はオールバヤン郡の中心地に住み商売。バローンオルトには親戚の運転手一家がいる。

 互いに行き来していて、近所や親戚間で持ちつ持たれつの関係だ。苦しいながらも、助け合って何とかやりくりしている、というところではないか。

 相互扶助の精神が都市と農村の間で、親類縁者の枠にとどまらずに、社会的に広がれば展望が出てくるかもしれない。だが簡単なことではない。日本でも農家と都市部の消費者の交流が広がり始めたのは、農業衰退が深刻化するなか、つい最近のことである。


<『モンゴル通信』№30(1998年5月、アルド書店)掲載>