1980年代 留学日記から

凍ったセルベ川を座りすべりで遊ぶ子どもたち(1985年11月、ウランバートル)
凍ったセルベ川を座りすべりで遊ぶ子どもたち(1985年11月、ウランバートル)

私のモンゴル7

文化・芸能レポート④

映画その3<青少年>


 夏休み、モンゴルの子どもたちは毎日、陽の光を存分に浴びて真っ黒になる。ピオネールのキャンプに参加したり、家族といっしょに避暑村に滞在したり、いなかの祖父母のゲルに寝泊りしたり、と大自然に包まれる。

 「避暑地で出会った友」(1977年、Kh・ダムディン監督)という映画は、避暑村で友情を深め、成長し合う10歳前後の子どもたちを描いている。子ども向け映画だが、大人にとっても自分の子ども時代を思い出させる楽しい作品だった。一人ひとりの心の動きもとらえて、子どもの世界をリアルに演出している。カメラも子どもの目線で追っているのがいい。

 夏休みが終わると新学年が始まる。8月下旬から街の書店はどこも新しい教科書を買い求める子らの行列でいっぱいになる。9月に入ると、街に子どもたちが戻って来て、再び彼らの元気な姿をあちこちで見かけるようになる。茶色の上下に真っ白なエプロンという女の子の制服姿がすがすがしい。

 モンゴルの全人口で16歳以下の占める割合はかなり高く44.1%(1986年)。学校や保育園などは人口増に追いつかず不足している。小中学校は普通、午前と午後の二部に分けて授業を行っている。子どもにしてみれば、午前か午後に時間がぽっかり空いてしまうが大概、両親は共働きだ。学童保育があるわけでもなく、気軽に利用できる文化・スポーツ施設が完備しているわけでもない。当然、非行など青少年問題が深刻化する。

 この問題を真正面から取り上げた映画「ぼくはきみのことが好きだ」(1985年、B・バルジンニャム監督)が大ヒットした。封切館はしばらく人だかりで、なかなか切符が入手できなかった。

 女の子ウルレーと2人の男子、デルゲル、バヤラーの物語。3人は中学10年生(16~17歳)の同級生だ。ウルレーとデルゲルは仲のいい友だちだが、デルゲルはウルレーに恋しているようだ。ところが、ウルレーは典型的なドラ息子バヤラーに魅かれ、彼の子を身ごもってしまう。バヤラーは結婚する気はないと言って、ウルレーを冷たく突き放す。卒業後、デルゲルとバヤラーは地方に就職し、ウルレーはバヤラーの子を出産。フブスグルで働くデルゲルはなおも一途にウルレーを愛し、ウルレーもデルゲルの真心をありがたく感じるようになる。おおみそかの晩、サンタクロースに扮したデルゲルがアパートにやって来た。プレゼントを渡して無言のまま帰って行くデルゲルをウルレーは赤ん坊を抱いて見送る。

 3人は家庭環境も性格も異なる。バヤラーの父は商店長で高収入を得ている。高価な仏像を何よりも大切そうにしている。それはやがて車1台になるからだ。そんな両親のもとで育ったバヤラーはクラスの誰よりも物持ちだが、心はすさんでいる。授業中、先生をからかったり、自宅で飲酒パーティーを楽しんだりとやりたい放題だ。

 ウルレーの家庭はアパート住まいで、暮らしぶりは中の上というところ。ウルレーは堅実で心優しい両親のもとで暖かく育てられ、純真無垢という感じの少女だ。

 デルゲルの家庭はゲル住まいで、裕福とはいえない。父は車椅子の身で、母はいない。辛抱強くて実直なデルゲルを、父はいつも信頼のまなざしで見守っている。

 青少年問題の要因は両親や教師など大人たちの生活態度にあることを指摘し、都市生活で失われがちな人間同士の絆を大切にしよう、と作品は訴えている。同時に、3人の家庭環境の違いや貧富の差をはっきり示していることに注目したい。

 見終わって拍手を送りたいと思った。細かなところで気にかかるところはあるが、現実の問題をここまでリアルに映し出した作品は、それまでのモンゴル映画になかったのではないか。人々は映画館に殺到し、作品について盛んに議論していた。ある友人は、9年生の社会科の教育実習でこの映画の感想を話し合わせた、と話していた。


(モンゴル研究会会報『ツェツェックノーリンドゴイラン』1988年8月号掲載)

*映画の邦題、監督名はパンフレット「モンゴル映画祭」(1998年、国際交流基金アジアセンター)による